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神戸簡易裁判所 昭和48年(ハ)252号 判決

原告 平山重一

右訴訟代理人弁護士 難波貞夫

同 植田廣志

被告 藤田とみ子

右訴訟代理人弁護士 野沢涓

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和四八年三月三日から右建物明渡済みに至るまで一ヵ月金二万八、〇〇〇円の割合の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1  別紙目録記載の建物(以下、本件建物という)はもと訴外上田勉の所有であったところ、根抵当権者中嶋潔申立の競売事件(神戸地方裁判所昭和四四年(ケ)第七六号)において競売に付され、原告が昭和四七年六月二七日競落許可決定を受け競落代金を完納して所有権を取得した。

2  被告は本件建物に昭和四四年九月ころから居住し、権原なく本件建物を占有している。

3  よって、本訴において被告に対し、本件建物の所有権にもとづき明渡と原告が本件建物の所有権を取得した後である昭和四八年三月三日から右建物明渡済みに至るまで賃料相当の損害金として一ヵ月金二万八、〇〇〇円の割合による金員の支払を求める。

二、請求の原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、本件建物が訴外上田勉の所有であったこと、本件建物が原告主張の競売に付され、原告が競落し代金を完納したことは認めるが、抵当権者中嶋潔が行なった競売申立とそれにもとづく競落の効力を争うので、原告が所有権を取得したことは否認する。

2  同2の事実は、本件建物の占有が無権原である点をのぞき認める。

3  同3の事実中、賃料相当損害金が一ヵ月金二万八、〇〇〇円であることは否認する。

三、抗弁

1  訴外中嶋潔の行った本件建物の競売申立は、競売申立権の濫用にあたるので、競落は無効であり、原告は本件建物の所有権を取得しない。即ち中嶋はマル屋なる屋号で高利貸をしているところ、被告は訴外永和産業株式会社(以下、永和産業という)を通じて中嶋から金二〇万円を借用し、その際永和産業も中嶋から金二〇数万円を借用し、被告は右二口の債務のため自己所有の芦屋市清水町三七番地上の木造二階建居宅につき中嶋のため極度額金七〇万円の根抵当権を設定した。しかし利息の累積と永和産業の債務が増加したため弁済できず、被告は昭和四四年五月右建物の明渡を要求され、同年七月中嶋に右建物を明渡した。その際中嶋の申出により一時永和産業の事務所に仮寓した後、中嶋と訴外上田勉の合意のもとに被告は建物所有者上田より昭和四四年九月一日本件建物を賃借し、敷金は中嶋に交付し、中嶋よりその一部が上田に対する立退料に支払われた。このように被告は中嶋の言により本件建物に対する賃借権を取得したものと信じ、中嶋に対し敷金を払ったものである。右事情のもとに中嶋が本件建物に対する競売申立をするのは権利の濫用である。

2  仮に原告が本件建物の所有権を取得したとしても、被告は原告が所有権を取得する以前である昭和四四年九月一日、当時の所有者上田勉から賃料一ヵ月金五〇〇〇円(敷金一〇〇万円)、存続期間五ヵ年の約で賃借して居住しているので、賃借権をもって原告に対抗できる。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて否認する。

五、再抗弁

仮に被告が訴外上田勉から本件建物を賃借したとしても、同契約は中嶋と上田との間に締結された本件建物についての根抵当権設定契約にもとづくその旨の登記(昭和四三年八月六日受付)後に締結されたものであるから、競落人である原告に対抗できない。

六、再抗弁に対する認否

中嶋と上田との間に本件建物につき昭和四三年八月六日根抵当権設定登記がされていることは認める。

七、再々抗弁

1  被告の賃借権は、次の事情よりして原告に対抗できる。即ち、被告が本件建物の賃借権を取得した経緯および本件建物の競売の経過については、抗弁1で主張した事情がある。中嶋は被告が賃借権を取得するについて直接に関与した者であるから、その賃借権を尊重擁護すべき立場にあるので、被告の賃借権は中嶋の抵当権に対抗しうるものである。それ故仮に競落が有効だとしても、中嶋の抵当権実行により被告の賃借の事実を知りながら所有権を取得した原告は、本件建物の賃貸人としての地位を承継したものというべきである。

2  原告の本訴請求は権利の濫用である。即ち、原告は不動産取引業を営んでいる者で、他に賃貸中の建物を多数所有しており、本件建物を競落した意図も自らの居住が目的でないことは、買主を探した事実から認められる。原告は、被告らの賃借居住の事実を知悉したうえ本件建物の敷地の借地権が被告にあることも知って同業者と実質上共同して競落し、本訴請求をするのは権利の濫用である。

八  再々抗弁に対する認否

1  再々抗弁1の事実は、原告が競落の際、被告が本件建物に居住していたことを知っていた事実は認めるが、その余は否認する。

2  再々抗弁2の事実は、原告が不動産取引業者であること、被告居住の事実を知っていたことは認めるが、その余は否認する。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、本件建物はもと訴外上田勉の所有であったところ、根抵当権者中嶋潔申立の競売事件(神戸地方裁判所昭和四四年(ケ)第七六号)において本件建物は競売に付され、原告が昭和四七年六月二七日競落許可決定を受け、競落代金を完納したこと、被告が本件建物を昭和四四年九月ころから占有していることは当事者間に争いない。

二、被告は、抗弁として、訴外中嶋潔の行った本件建物の競売申立は、競売申立権の濫用にあたるので、競落は無効である旨主張し、原告の所有権取得を争うので判断する。

≪証拠省略≫によれば、被告が競売申立権の濫用にあたると主張する抗弁1の事実を認めることができる。ただし、中嶋からの借用名義人は永和産業であり、被告は物上保証したものであること、被告が本件建物を賃借した際提供した敷金は金一〇〇万円であり、中嶋より金一〇万円ないし一五万円が上田に交付されたこと、中嶋は被告に対する本件建物の賃貸においては右建物の管理者の立場にあったこと、なお本件建物の競売開始決定は昭和四四年四月二五日され、同月二八日任意競売申立登記がされたことが認められる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、根抵当権者中嶋は本件建物につき競売開始決定がなされた後、被告から多額の敷金をとって同人のため賃借権を設定しながら競売手続を続行したもので、これは被告に対する関係においては信義則違反といわねばならない。しかし、かかる事情を主張して競売手続の進行を阻止するには、被告は競売法第二七条第四項第四号の利害関係人として競売手続終了に至るまで異議・抗告をもって主張すべきであり、競売手続が終了した後は基本である被担保債権または抵当権の不存在・無効の主張のほか競落人の所有権取得を争うことはできないといわなければならない。

三、被告は抗弁として賃借権を有すると主張するところ、≪証拠省略≫によれば、被告は昭和四四年九月一日上田勉から中嶋潔を介して本件建物を賃料一ヵ月金五、〇〇〇円、敷金一〇〇万円、存続期間五ヵ年の約で賃借し居住していることが認められる。

四、原告は、被告の賃借権は中嶋と上田との間に締結された根抵当権設定登記(昭和四三年八月六日受付)後に設定されたものであると主張するところ、この主張の日時右登記がされた事実は当事者間に争いないので、被告は賃借権をもって根抵当権者たる中嶋したがって競落人たる原告に対抗できない筋合となる。

五、しかるに被告は、賃借権をもって原告に対抗できると主張するところ、その主張の事実関係は前認定のとおり認められるほか≪証拠省略≫によれば、原告は競落に際し被告が本件建物を賃借し居住していた事実を知っていたことが認められる。そうすると、根抵当権者中嶋は被告の賃借権取得につき直接関与した者として被告の賃借権を尊重擁護すべき立場にあるから、中嶋に対しては、根抵当権設定登記後に設定された賃借権をもって対抗できると解して差支えない。しかし抵当権が実行され目的物が競売されるときは、競落人は抵当権設定当時における状態で目的物を全部的に取得するものであり、抵当権設定後に設定された用益関係は原則として覆滅されて競落人に対抗しえないとする抵当権と用益権との関係を考慮すれば、被告が中嶋に対して根抵当権設定登記後に設定された賃借権をもって対抗できると解しえても、この賃借権をもって直ちに競落人たる原告に対抗できるものではなく、また競落人たる原告が被告の賃借居住の事実を知っていたのみで対抗できるものでもない。もっとも右対抗を免れるため競落人が抵当権者と通謀して競落するとか抵当権者が競落人になる等特別の事情のある場合には対抗を認めるべきであるが、その特別の事情の立証はなく、被告主張は採用できない。

六、被告は、原告の本訴請求は権利の濫用であると主張するところ、原告が不動産取引業を営んでいる者であることは当事者間に争いなく、原告が競落当時被告が本件建物を賃借し居住している事実を知っていたことは前認定のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、原告は他に一・二軒の貸家を所有していること、本件建物は訴外中村と実質上共同で競売代金一八七万九、〇〇〇円で買受け共有関係にあること、原告は一定の金額であれば売却する意図を表明したことがあることが認められる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実および理由二で認定した事実によると、被告は抵当権者のすゝめにより窮迫と法に無知のため安定した住居を得るものと誤信し、多額の敷金を提供して本件建物の競売開始決定後に賃借居住したもので競落人に対する害意はなく、本件建物を明渡すときは他に住居を求める資力に乏しく忽ち困窮するのに比し、原告は不動産取引業者として他に貸家を有し、被告の賃借権の存在することを知悉して競落したもので、本件建物の明渡を求めるべき差迫った必要性は認められないので、原告の本訴明渡請求は権利の濫用といわなければならない。

七、結論

結局原告の本訴請求は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村迪夫)

〈以下省略〉

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